もはや戦後でもねえし、童貞でもねえし
どうもこんばんわ。
で、「もはや戦後ではない」と謳われたのは、たしか昭和31年の経済白書。
朝鮮特需・神武景気を経て、その後の高度経済成長の端緒を開いたこの時期、闇から抜け出した明るい気分とともに「もはや戦後ではない」という言葉は流行語となりました。
そして今年は終戦60周年。もはや、焼け跡もなく、戦争体験者の数も減り、木村カエラと相武紗季の神々しいの美しさばかりが目立つサイバーパンクな現代日本。今の日本から太平洋戦争の痕跡を見つけ出す、というのはほとんど不可能である、といっていいでしょう。
と、普段デスクワークの僕は、久しぶりに社外での打ち合わせにウキウキしながらそんなことを考えてた、わけはないのですが、その出先の巣鴨。
おばあちゃんの原宿ですから、当然ババアだらけな巣鴨なんですけど、駅を降りて、ちょっと歩くと、なんと傷痍軍人。
「うわあああ、まだいるんだ、傷痍軍人・・・」
と不謹慎にもちょっと萌えてしまったんですが、急ぎの打ち合わせだったので取り合えずその場をとっとと離れて急行してしまいました。
で、とっとと打ち合わせを済ませて、急いで現場に戻ると、いませんでした。
つか、いまどき傷痍軍人なんているわけ無いはずなんで、今日の暑さのために幻を見たのか、もしくはたまたま腕を骨折したお遍路さんだったのか、そんなところなんでしょう。なぜお遍路さんが四国じゃなくて豊島区にいたかという疑問は抜きで。
で、もしかしたら今の人は傷痍軍人なんて分かんないかもしれないんでちょっと説明しときます。
「傷痍軍人」ってのは広義では戦争で負傷し後遺症を未だに抱えている方々のことなんですが、一般的には白い和服(作務衣と浴衣の中間みたいな服。お遍路さんに似てる)を着て街頭に立ちアコーディオンとかを吹いて募金活動をしてる太平洋戦争で怪我をした人たち、ってイメージです。なので、みなさん結構なおじいさんですよね。最低でも現在78歳ですね。
ちなみにワタクシ自身は過去に地元と有楽町で2回ほど目撃しています。しかし、それも20年くらい前のことで、今はほとんど見かけることはありません。
ある意味で数少ない戦争の傷跡というか、その象徴だったんですね。
うーん、「降る雪や 昭和も遠く なりにけり」ですなあ。
で、その幻の傷痍軍人を見て思い出したんですが、友人が5年ほど前に東北に旅行に行ったときにある観光地で傷痍軍人を見かけたんだそうです。
ただ、その傷痍軍人はどう見ても30代の兄ちゃんで、確実に戦争には行ってないだろう世代。しかも、どこにも傷を負っている形跡は見られず、地べたに敷いたござの上で酒飲んでる@昼間っていう、恐ろしくうさんくさい傷痍軍人。
ただし、戦争で後遺症を負いましたみたいな看板を立てて、白い和服を着て募金活動をしてるわけですから、傷痍軍人には傷痍軍人らしいと・・・。
で、友人は好奇心に駆られて聞いたらしいんですよ、
「お父さん、ホントに傷痍軍人?」
って。
で、そんな聞かれても答えるわけがないので、とりあえずビールをその傷痍軍人にあげて、打ち解けたところで再度話を聞いてみると、
「おう、俺、傷痍軍人だよ」
とはのたまうんですが、確実にあやしいと。
で、友人が「どの戦争で傷負ったの?」と聞いてみたら、
「・・・湾岸戦争」
ということで、俺たち戦前生まれ。湾岸の。
# by auauauau69 | 2005-07-28 21:33 | 世相に対する愚痴

